データのダウンロードページ(フラウンホーファー研究機構)
本記事の内容は次の通り。
- パスの平均速度と距離と方向。
- パスの減速について。
今回のノートブック、td_006c_4pub.jpynb、では記事末尾のエネルギー保存の概算のみを載せる。
記事前半のパスの平均速度と距離についてのプロットは、以前の記事「オープントラッキングデータの解析 その6 パスの統計」のノートブックに含まれている。
記事半ばの、全パスのフィッティング結果については、結果がまとまっていないのでノートブックには載せない。
パスの平均速度と距離
以前の記事(その6)にも載せた図だが、前半のパス(パス失敗も含む)の平均速度と距離の散布図はこの通り。
図1、平均速度とパス距離の分布図。 |
平均速度の最大は20m/s程度、10m前後から20mあたりの距離が多そう。
これを、パス成功に限定して、それぞれ相手ゴール方向と自陣ゴール方向へのパスに色分けしたのが次の図。
図2、図1のチーム別、ボールの移動方向別。 |
赤系統がチームA、青系統がチームB、濃い色が相手ゴール方向、薄い色が自陣ゴール方向である。
パスの速度成分が「相手ゴール方向か自陣ゴール方向か」で分けたので、ゴール方向に進めるのに関係の無い横パスもどちらかに分けてしまっている。
これを色ごとに分けたのが次の図。
図3、図2の独立プロット。 |
各パネルの右上の数字は、パス本数の合計である。
だいたい左側と右側は3対2、上段と下段も3対2の割合。
前半は、チームAがわりと攻勢、チームBは守勢だったが、上段と下段でチームAとBを見比べても、分布に大きな違いはなさそう。
左側と右側を見比べて、相手ゴール方向と自陣ゴール方向のパスを見比べると、自陣ゴール方向へのパス(右側)は、5m/sから10m/sのパスが多く、相手ゴール方向とへのパス(左側)では10m/s以上のパスも多く見られる。
自陣ゴール方向へのパス速度の分布は、相手チームが前線からのプレスを仕掛けるか否かで大きく変わるのだろう。
パスの速度変化
いままで単に「パスの平均速度」を使ってきたが、パスの速度変化を詳細に見てみよう。
図4、パスの速度変化の例。 |
これは、前半の動画の2分27秒の横パス(グラウンダー)の速度変化(|v|)である。
蹴られた直後が最も速くて、あとは芝や空気との抵抗で減速していく。
人間の最高速度(せいぜい10m/s)を考えると、単純に追いかけてもパスに追いつける訳が無い。
速度の最大値と平均値をプロットしたのが次の図。
図5、パス速度の最大値と平均値の分布図。 |
横軸が速度の最大値、赤線は傾き1、緑線は傾き0.5である。
赤線から離れるほど、最大値と平均値の差が大きくなるが、平均値のほとんどは最大値の0.5倍より大きい。
選手たちがパスを受ける際には、そこそこ減速しているものの、ボールは止まっている訳ではない。
この先も、パス速度の平均値を色々な試算で使う事になるだろうが、実際の速度変化はこんな感じ。
フィッティングできない例
図6、逆サイドに流れてバウンドしたクロスの速度変化。 |
パスの速度変化は滑らかなものばかりではない。
このパスは、前半5分16秒ごろのコーナー付近からのマイナスのクロスの速度変化である。
ただ、だれもゴール前で触らず、反対サイドに流れ、バウンドしたパスである。
速度変化に見られる2つの大きな突起状の変化は、複数回のバウンドを示している。(2秒時点と3秒時点)
パスの減速
パスの減速の力学を考えてみよう。
先に、「あとは芝との摩擦で減速していく」と書いた。
誰でもサッカーをすれば、この減速を感覚で理解する事になる。
当初、グラウンダーのパスを想定し、芝との摩擦力のみを考えれば、雨粒の落下する際の力学(抵抗力のある落下運動、物理のかぎしっぽ)のように、パスの減速についても特徴的なパラメーターを得られるだろうと考えた。
ただ少し考えを深めると、現実のグラウンダーのパスは、芝との摩擦のみを考えれば良い訳ではない事が分かる。
私達は単純に「グラウンダーのパス」と呼んでいるが、現実にインサイドキックで蹴り出されるパスの多くは、地面との数度のバウンドの後、垂直成分の速度を失い、芝からの摩擦力を受けるグラウンダーのパスとなる。
図6では、地面とのバウンドに伴い強い突起状の変化が見えているが、いくつかのパスには、その早い時間に(弱い)突起状の変化が見られる。
まぁそのような変化を含めてフィッティングはできている「ように見える」が、やはり個々の速度変化を確認する必要がある。(まだやってない)
図4と図6の青線は、速度変化を指数関数 (y=a*exp(-t/b)+c) でフィッティングした結果である。
このタイムスケールは、空気や芝の抵抗に由来する特徴的な物理量のはずである。
ロングパスのエネルギー保存について
次に、グラウンダーでは無い、浮き玉のロングパスの速度変化の例についてエネルギー保存則が成立しているか概算した。
(速度や位置の時系列の細かい変化は一旦置いて、前後のエネルギー収支を考えた、という事。)
CKからのクロスなど、浮き玉のロングパスに作用しているのは重力と空気抵抗のみである。
速度やボールの位置は観測値が使えるが、空気抵抗によるエネルギー損失の計算値は全くの不明だったので、本当に同等な値になるかを確認した。
サンプルに選んだのは、前半の動画の3分34秒に蹴り出された、CKからのクロスボールである。
上記のプロットからは、蹴られた直後が最速の20m/s超で、1.5秒ほど経過して(上記プロットの1.75秒時点)、13km程度に速度が落ち着いている事が分かる。
動画を確認すると、蹴られてから1.5秒後は、最頂点から落下し、他の選手が触れる直前である。
ボールの高さはゴールバーよりも高い3mほどだろうか。
フィッティングから得られた速度変化の式を使って、蹴られた直後の運動エネルギーと、この1.5秒経過時点の運動エネルギー、位置エネルギー、空気抵抗によるエネルギー損失を比較してみた。
- 蹴られた直後の運動エネルギー、92.7 [J]
- 1.5秒経過時点の運動エネルギー、36.8
- 1.5秒経過時点の位置エネルギー、13.2
- 1.5秒経過時点の空気抵抗によるエネルギー損失、41.0
この前後のエネルギーの差をとると、1.7 J となった。
ボールの高さの誤差、精確な温度気圧を使わない空気抵抗によるエネルギー損失のわずかな誤差を考えれば、それなりに納得の行く概算ができた。
なお、これらエネルギーを出すために使った数値は、ボールはプロの規格に準じた5号ボールで半径11cm(直径22cm、円周約70cm)、重さ450g、蹴られた直後の速度20.3m/sと、1.5秒経過時点の速度12.8m/sは、フィッティング結果由来である。
空気抵抗によるエネルギー損失の計算については、「球体の空気抵抗と係数(シキノート)」を参考にした。
記事冒頭のノートブックでは、このエネルギー保存の計算に加え、雨粒とサッカーボールにかかる空気抵抗の項の比較をしている。(ここでの空気抵抗は、上述の「抵抗力のある落下運動」よりは小難しい数式を使っている)
記事冒頭のノートブックでは、このエネルギー保存の計算に加え、雨粒とサッカーボールにかかる空気抵抗の項の比較をしている。(ここでの空気抵抗は、上述の「抵抗力のある落下運動」よりは小難しい数式を使っている)
今回の計算例では、エネルギー保存についてそれなりに納得の行く値が得られたが、他のサンプルでは行っていないので、これは今後の課題。
サッカーの試合を見ている際には全く気にしていなかったが、空気抵抗によるエネルギー損失が半分近くある事には結構驚いた。
試合中にしばしば見られる「強烈なシュート」について、この空気抵抗によるエネルギー損失はどうなっているのだろう?
どのように蹴れば空気抵抗によるエネルギー損失が少ないシュートになるかという研究は、当然行われているのだろう。
(真球の物体に対する空気抵抗と、歪み、回転するサッカーボールへの空気抵抗は厳密に異なるはずで、そこも考えなければならない。)
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190410、エネルギー保存について、前半の動画の3分34秒のCKと言いながら、なぜか動画9分35秒頃の横パスのフィッティング結果を貼ってその数値を使っていたので、全面的に書き直した。
190410、エネルギー保存について、前半の動画の3分34秒のCKと言いながら、なぜか動画9分35秒頃の横パスのフィッティング結果を貼ってその数値を使っていたので、全面的に書き直した。
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